大野町

 それはえらく寂れた、えらく古ぼったい路地で、恐らくこんな路地というのは、昨今そうそう無いんじゃあないかなというような路地を歩いていた。何しろ両脇に立ち並ぶのは長屋で、もう潰してしまった祖父の家を思わせる、長年の雨に耐えたのだろう、汚れくすんだ色合いをしていた。
 ともかくも、そうした路地を歩きながら、私は大野町を目指していた。大野町を目指していた理由は思い出せない。理由など無かったのも知れないし、それとも何かお使いを頼まれていたのかもしれない。そんな今では思い出せない理由でもって大野町を目指していたのだが、私は道順はおろか大野町がどこにあるのかも知らなかった。ただ今歩いている路地は大野町ではなく、別の町なのだという認識はあったし、大野町というのはそう遠いわけではなく、歩いていけるような距離だとも知っていた。
 前を見やると、中年の女性が一人、路地にしゃがんでいた。洗濯のようで、おばさんの前にはタライらしきものに衣類が積まれていた。
「大野町にはどう行けばいいですか?」
 そう訊ねた私におばさんは、ここからまっすぐ500mほど進んだところで右手に折れるのだと、そうすれば直ぐにも大野町だと教えてくれた。
 感謝の言葉を述べ、そのまま先に進んで歩くと路地は開けた道路に出た。500mも進んではおらず、おばさんの言葉どおりなら、まだ真っ直ぐに進まなくてはならないはずなのに、どうしたことかここは丁字路で左右にしか折れられない。不安に駆られて左右を見まわすと、正面ほんのわずか左にまた路地が口を開けていた。「ああ、恐らくはあの道をまだ真っ直ぐ行くのだな」と判断をつけ、私は……これが夢なのだと気づいた。前にも見たことがある夢で、今見つけた道を先に進んでも右手に折れる通路は無く、結局ここに戻りここでいいのかどうか悩んだことがあるのである。

 1999年、この当時、何度も大野町に行こうと夢の中で努力したものでした。