『扶桑武侠傳』

 んー。ルールブック所収のシナリオで遊んだのですが、んー、正直びみょうだなぁ。特にシナリオ。あんなシナリオを付属シナリオにする意図がよく解んない。結局、最近の日本のゲームっていうのか、ストーリーテリング大好きっ子集まれちっくな、暗い誰も救われないお話しじゃん。なんだかなぁ。
 まあ付属シナリオに捕らわれずに好きに遊べば良いだけのことなのだけれど、マスタしてくれた武侠小説を知らない「とりのひと」はああいう救われない悲劇的なのが武侠小説というものなのかと思ったそうだよ。古龍はあまり記憶が無いし、他の作家は知らないのだけれど、少なくとも金庸はそうじゃあないよね。参考文献っていうか、オススメする作品に『侠客行』を入れるんだったら違うと思う。すげーご都合主義万歳、全員ハッピーエンド痛快娯楽小説だろう? 武侠小説ってのはさ。そのご都合主義に強引な理由を付けちゃうグダグダ加減も私は大好きなんだがなぁ*1
 たまに挟み込む悲劇は良いと思うのだけど、それは悲劇というのが非日常なのだからであって、それを毎回毎回やっちゃったら日常的な非日常に、下手をすると出来の悪い喜劇に堕しちゃうんじゃあないかなぁ。サンプルに持ってくるっていうのは、そうなるよう誘導している気がするよ。ほら、ブレカナの一杯出ているシナリオ集みたいに。
 追記:でも、そういう悲劇シナリオばかりを求めるRPG市場というのが既に確立されていて、そうしないとペイしづらい、もしくはそうすれば売れるというのであれば、そういうシナリオをサンプルに持ってくるというのは理解できる。もしそうなら上のは現在のRPG商売の流れというか、顧客から要求されているものを読めていない老害の戯言。

*1:「強引な理由」『侠客行』の閏月とか、瑞覇のモデルたる吸星大法を使う任我行の最後とか。