佐藤賢一『ダルタニャンの生涯―史実の「三銃士」』(岩波書店)

 『三銃士』というか『ダルタニャン物語』というか、兎も角、大デュマの例の作品の序章に「この本には種本がある」みたいなことが書かれているのは知っていたけど、私自身はそれは作家の作劇上のデマカセだろうな、と思っていた。しかしどうにも、これは事実のようで、更にはその種本のネタになったダルタニャンなる人物が実在したらしい。
 だが実在したとは言えども、それはほんの少しばかり成功した人物らしくて、今「ダルタニャン」という名前が残っているのは疑うことなく大デュマのお陰で、やはり大デュマは偉大だけれど、その大デュマの『三銃士』も種本が無ければ生まれず、その種本も実際のダルタニャンが魅力的でなければ生まれなかっただろうと、やはりそれなら偉大なのは史実の人物の方なのか、と、作者は訴えてくる。
 そうした話を枕に、実在のダルタニャン伯のことを、その家の成り立ちからパリへの上京、その仕事振りに、如何にして栄達を成し遂げたかをいつもの筆致で書いていく。しかもいつもの「男は女によってダメになって、女によって大きくなる」的なマッチョなテーマは見えないので*1、作者のそうした部分を好まない人にも、この本は受け入れられるのではないかなと思う。
 しかし何と言っても白眉となるのは、無論のこと結句となる最終章の「ダルタニャンの末裔」で、ダルタニャンの死後、その息子や孫、曾孫、はてにはその家系がフランス革命をも生き延びたことを書きながら、それでも真の末裔とは何なのか、そしてその末裔たちは如何にして支持を受けているのか、そう受け続けているのか、と、蕩々と書き連ねていく様はさすが佐藤賢一と唸らざるを得なくて、作家・佐藤賢一のこれからも書かんとするものを見たような気がする。

*1:史実を史実として書いているからだろう