橋本治『双調平家物語 (2) 栄花の巻(1)(承前)』(中央公論新社)

 蘇我馬子が女帝・推古天皇を立てたのと同様に、女帝・皇極天皇を立て己の思いを余すところ無く実現した蘇我蝦夷が、自己を振り返って、そして馬子の言ったことを思い返すことで前半は進められるのだけれども、その馬子の言う内容というのが稲目のことであるために、蘇我氏の成り立ちというものから語られることになる。そしてこの巻の後半では今までの蘇我氏の視点から、中臣鎌子の視点に切り替えて、大化の改新を経て天智天皇即位までを書き出しており、すなわちはこの巻において蘇我氏の盛衰が、その成り立ちから滅亡までが書かれている。
 しかしこの巻にて驚いたのは、いや恐らくは作者の書きようであるために、これからの巻でも同様に驚かされるのだろうけども、途中、結構な割合で話がフラフラと落ち着かず飛んだりするのですが、それらのすべてが無駄なく後において意味をなして、きちんともらし無く収束する様は凄かった。
 そんな文章の中で人物たちもしっかりと生きていて、1巻では蘇我蝦夷厩戸皇子との関係が色っぽかったのだが、今度はそれ以上に中大兄皇子中臣鎌子の関係が艶かしくって綺麗であった。そうした拠るべき相手の居る過去の蝦夷中大兄皇子中臣鎌子の強さに対比して、孤独な入鹿の儚さと現在の蝦夷の弱さとが置かれるために、中大兄皇子中臣鎌子がより一層に輝いて見えるのが嬉しかった。
 気になった点としては、蘇我氏打倒によって位に着いた孝徳天皇大化の改新として、中国の律令制度を真似て初めて国づくりを行うものの、その上辺の清廉さを追い求める姿を新の王莽になぞらえているのだけれども、この王莽というのは祇園精舎の巻にて中国の叛臣として最初に上げられた名前であり、もしかしたらこのあと栄花の巻は2冊続くのだけれども、その2冊において書かれると思われる藤原氏の盛衰を通じて、他の叛臣らも比定していくのだろうか。それは楽しみである。