その16:ローラン節

 カール・マルテルの勝利でカロリング家は事実上の支配者となりましたが、その子、小ピピンは751年、こんどは本当にメロヴィング家を廃しました。そしてカロリング朝を立て、自ら王位に立ち、名実ともに支配者となったのです。
 そのピピンの子がカール1世、すなわちカール大帝【Charlemagne】【Karl der Grosse】【Charles the Great】です。彼は各地への遠征に勝利を続け、旧来のフランク王国の領土だけではなく、各ゲルマン民族国家を平らげました。
 北イタリアのランゴバルド王国を征服し、ザクセン族やバイエルン族を平らげ、アヴァール王国を滅ぼし、そして先々で異教徒たちをキリスト教に改宗させました。また改宗だけではありません。彼はイベリア半島にも遠征し、イスラム勢力を後退させるという形でも、ローマ・キリスト教文明圏を広げました。
 このイベリア半島遠征の帰途、ピレネー山中でバスク族の攻撃を受けますが、この時、戦死した勇者ローランの物語は後に一大叙事詩として謳われ、『ローランの歌』となりました。
 こうした新たな領土を獲得し、ブリタニア南イタリアエスパニアの一部を除く西欧のほぼ全域を支配下に治め、彼は800年のクリスマス、ローマ教皇より西ローマ皇帝の帝冠を授けられます。
 彼の物語はアーサー王同様に伝説と化し、今では『シャルルマーニュ伝説』として伝わっていますが、文庫で出ていた『シャルルマーニュ伝説』は現代教養文庫ということで社会思想社亡き今、古本屋を捜し求めるか、他社の文庫でない版を探すしかないと思います。